ADD港区鼎談

「経験は必ず積み重なっている」

尾上菊之丞

派遣舞踊家

福留麻里

リサーチャー

ストウミキコ

振付アシスタント

―― 港区はさすがに幅広い踊りが並びましたが、全体を通していかがでしたか。

尾上菊之丞:まず自分たちが知らない踊りにたくさん出会えましたね。最初に興味を持ったのはアフガニスタンの踊りで、いったいどんなものなのかなって。カポエイラも、踊りなのか遊びなのか、はっきり分けられなくて面白い。あまり馴染みのない踊りに触れることに、大人としてもすごく興味を持ちました。

福留麻里:そうですね。子供たちにも、ヒップホップやバレエとはまた違う色んなダンスがあって、しかも自分たちの近所にそれをやっている人たちがいる、ということが伝わればいいなと。

菊之丞:むしろ子供たちにはそういう境目の感覚がないですね。大人はやはり自分の中に何か基準をもった状態で新しいものに接するわけだけど、子供たちにはそれがないから、どこの国のどんな踊りでも全部同じ感覚で受け入れられる。

福留:「地域の先輩」が実際に子供たちの前で踊ってみせた時の説得力はすごかったですね。一瞬でわかるというか、体から体に伝わって、そこから興味が芽生えていくのを感じました。

菊之丞:どんな踊りでも、基本的には理に適ったものだと思うんです。例えばカポエイラだったら、向かって来るものをよけるとか、最短距離で動くとか、体の理屈が内包されている。あるいは中国舞踊だったら、溜め込むようにして動いていく。言葉で説明しても子供たちには面白くないけど(笑)、実際に動いてみると経験として積み重なっていきますね。その場では何だかわからなくても、時間が経ってまた違う何かに触れた時に、ここでの経験が指標になる可能性がある。そういう指標を、潜在的に、いくつも持てるのは贅沢なことじゃないかと思います。もちろん何年も、あるいは一生出てこないものもあるだろうけど、無駄ではない。必ず積み重なっていると思います。

ストウミキコ:ADDでの経験が、その子なりの体のあり方や思想のきっかけにつながっていったら嬉しいですね。ちなみに私は子供の頃、「将来何になりたい?」という質問が苦手だったんです。まだ世の中に何があるのかも知らないのに...って(笑)。でも何かをやったから知ることができた、ということもある。だから、自分の意志でその踊りを選んだ人もいるし、菊之丞さんやファン・レイさんのように子供の頃に自分の意志ではなく始めたけど、そこで楽しいことをたくさん見つけたとか、そういう大人の話を聞けるのがいいなと思ったので、毎回、冒頭で講師の皆さんに「どうしてこの踊りを始めたの?」という質問に答えてもらうようにしました。

―― 多様な踊りを子供たちに橋渡しするストウさんのファシリテーションは巧みでしたね。

福留:違った踊りをシャッフルするということが自然に行われているのがアツかった。例えばフラメンコで、手を牛の角の形にして動き回るというのをやった時には、菊之丞さんや大人たちも一緒にやっていて、色々な踊りが同時にあることの意義をすごく感じました。

ストウ:子供たちが普通に習っている時も、後ろの方で、経験を積んだ大人たちが違った風に体を使って、リミックスを繰り広げているのが面白かったです(笑)。

菊之丞:そもそもの話をすれば、日本舞踊にしても、とくに明治以降は既にバレエなど海外の影響を受けていますからね。例えば「伸びる」っていうことにしても、中国舞踊だと丸みのあるイメージで、それは日本舞踊も全く一緒なんだけど、演目によってはピーンとまっすぐ伸ばしていく。ロシアからバレエ団が来日するようになって、その影響を受けていたりするんです。踊りって、こうじゃなきゃいけないってことはない。それに根源的なものはそもそも全部つながっているというか、ルーツは同じですからね。人間が生きて行くには食物が必要で、それが得られるようにと祈りを捧げるとか、神様と少しでも何かを交わしたくて、それが体を動かすことにつながるとか、古い時代から脈々と、踊りはつながっているわけですから。

―― 成果発表では、「鳥獣戯画」を題材にするアイデアが効果的でした。

福留:子供にもわかりやすいし、教える大人の側もそれぞれの踊りの中から動物の要素を出して来れる。すごくいい選択でしたね。

菊之丞:もう少し時間があったら、正木さんがフラメンコでやっていた牛は、どんな牛なのかな、っていう具体的なイメージにまで入っていきたかった。カポエイラのカエルだったら、あの後ろ蹴り、あるいはカエル飛び。あれを使って何かするとかね。

福留:ファンさんが鳥の歩き方を説明する時、「雲の上を歩いてる」感じという言い方をされていて、結構伝わるなと。雲の上を歩くって想像すると、踵から先に着くっていう現実的なこと以上の、体の感覚としての「ふわっと」感が子供たちにも伝わる気がしました。

菊之丞:そう、イメージで伝えるって重要なことなんです。それに動物の仕種だったら子供たちも具体的にイメージできる。「かちかち山」だったら「熱い!」とかね。熱いから火を振り払おうとする、っていう動きを自分なりにやれば踊りになる。それが踊りの自由なところじゃないかな。